大判例

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大阪高等裁判所 平成元年(う)809号 判決 1990年1月23日

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人兼松浩一作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

第一  控訴趣意に対する判断

一  論旨は、要するに、被告人は、昭和五五年八月ころ、原審相被告人甲(以下、甲という。)が料理店「よしの」を開店するにあたり、同女の依頼によって、被告人名義で、同店に関する料理店営業の許可を大阪府公安委員会から、飲食店営業の許可を大阪府守口保健所長からそれぞれ取得して同女に貸与したところ、同女は、そこで業として売春の場所提供をなすに至った、被告人は、その後薄々その実態を知ったがこれを放置していたにすぎないのに、原判決は、被告人について、甲の原判示第一の売春防止法違反の罪(業として売春の場所提供)に関する不作為による幇助犯が成立すると認定した、しかし被告人は、前示のとおり甲に料理店営業の許可と飲食店営業の許可の名義貸しをしただけで、「よしの」の営業には一切関与しておらず、(1)甲の犯行を防止すべき作為義務はなく、(2)また、その作為の可能性も存在しないから、本件について不作為による幇助犯が成立する余地はなく、この点で原判決には事実誤認又は法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査して検討する。

二  本件の事実関係

まず、原判決挙示の各証拠によれば、以下の事実が認められる。

(一)  甲は、料理店を営みその客室を売春の場所に提供するのを業としようと企て、昭和五五年七月一四日、原判示「よしの」の建物を所有者Aから自己名義で賃料月額二四万円、保証金二〇〇万円で借り受けた。そして、同女の夫が当時暴力団組員であったため、自己名義では料理店営業及び飲食店営業の各許可がおりないのではないかと考え、夫の姉にあたる被告人に対し、右各許可申請のため名義を貸してほしい旨依頼し、被告人はこれを了承した。その際、甲は、被告人に対し「よしの」は小料理屋であると説明しており、被告人もその言をそのまま真に受けていた。被告人は、昭和五五年八月、料理店「よしの」の経営者として大阪府公安委員会に対し料理店営業の許可の、大阪府守口保健所長に対し飲食店営業の許可の各申請を行い(但し、料理店営業の許可申請にあたっては、被告人自身が甲の依頼した行政書士の指導に従って申請書に申請人として署名、押印し、必要添付書類の一部を自ら整え、甲と共にその申請の窓口である警察署に赴いたが、飲食店営業の許可申請は、被告人の同意を得て殆ど甲又は前記行政書士が手続を代行し、被告人は、保健所にも行っていない。)、昭和五五年九月一七日付で、大阪府公安委員会から、昭和五九年法律七六号による改正前の風俗営業等取締法(以下、旧法ともいう。)一条二号の料理店営業の許可(原審で取り調べた司法警察員作成の捜査報告書((検察官請求番号三一))中の風俗営業許可証の謄本によれば、同日付で当時未だ施行されていない昭和五九年法律七六号による改正後の風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律((以下、新法ともいう。))二条一項二号の料理店の営業許可がなされたように記載されているが、これは、昭和五九年法律七六号付則三項により、旧法二条一項による許可が新法三条一項による許可とみなされることにかんがみ、許可証が書き改められ、原審で取り調べられた差押調書添付の写真によって明らかなように、「よしの」の店内に掲示されている許可証も取り換えられたものと考えられる。なお、この過程に被告人が関与した証跡はない。)を、同年八月七日付で、食品衛生法二一条、二九条の二による大阪府守口保健所長の飲食店営業の許可をそれぞれ取得し、甲にその各名義を貸与し、同人は、そのころから右各許可にかかる許可証を店内に掲示し、表向きは料理店、実態は売春の場所提供を業とする「よしの」の営業を開始した。

(二)  飲食店営業の許可については、有効期間の経過するごとに昭和五八年八月、同六一年八月にそれぞれ更新されている。更新手続自体は甲が行い、被告人は関与していないが、昭和五八年八月の更新手続については事後甲から被告人に報告があった。

(三)  後記のようにミシン工として働き「よしの」の開店及び営業に一切関与しなかった被告人は、右名義貸与の時点において、前記のように甲が「よしの」において業として売春の場所を提供する意図を有することを認識しておらないのみならず、将来その客室が業として売春の場所に提供されることを予見していなかった。しかし、被告人も夫との会話などを通じて、遅くとも昭和五九年ころには「よしの」で売春が行われていることを知るに至ったが、その後も何らの措置をとらず、そのまま自己名義の前示各営業許可の使用を許容し、同年一一月頃からは、甲が持参するまま、毎月二万円の名義料を盆、暮れに同女が届ける若干の金品と共に受領するようになり、その後昭和六一年七月一五日ころから同六三年九月七日ころまでの間に甲の原判示第一の犯行、すなわち「よしの」の客室における業としての売春の場所提供がなされた。

(四)  被告人は、昭和四九年一月一〇日株式会社シルキーに臨時工として雇われ、同五〇年六月二六日から正社員になり、前記甲の犯行時も一貫して同所で主に肌着のミシン縫いの仕事に従事して働き、「よしの」の営業には一切関与していない。

以上の事実が認められ、右認定に一部反する甲の原審公判廷における供述並びに被告人と甲の検察官及び司法警察員に対する各供述は到底措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

三  本件幇助犯の成否について

原判決は、ほぼ右と同一の事実関係を認定した上で、「被告人は、甲が『よしの』を売春の場所として提供することを知った後において、積極的作為的な行為は行っておら(ない……中略……)が、各営業許可使用の黙認自体甲の本件犯行を容易ならしめるものであるうえ(右各営業許可を受け許可証を掲示しなければ、料理店名目で「よしの」を営業することができず、ひいては同所で売春を行わせることも困難になる)、被告人が、自己名義の各営業許可の利用を甲に許し、いわゆる名義貸しを行っていた行為自体違法なものであり(ちなみに、風俗営業法((新法を指すものと解される。))一一条は、風俗営業許可の名義貸し自体を禁じ、同法四九条で罰則を設けている。)、右各営業許可の利用により売春の場所提供が行われているのを知った以上は、(……中略……)少なくとも条理(自己の先行行為)に基づき自己名義の各営業許可を使用させないようにすべき法的作為義務が存するものとみられ」と判示し、被告人に作為の可能性も認めて本件不作為による幇助犯の成立を肯定した理由を説示している。

そこで、検討するに、正犯者の犯罪を防止する法的作為義務のある者が、この義務に違反してその犯罪の防止を怠るとき、当該作為によって正犯者の犯罪を防止する事実的な可能性がある限り、不作為による幇助犯が成立するものと解されるが、不作為による幇助犯については、不真正不作為犯自体に実質的にみて犯罪成立の限界が不明確になりがちであるという点で罪刑法定主義にかかわる問題があり、更にそれが正犯の犯罪(刑罰)拡張事由としての幇助犯にかかる場合であるから、その成立の根拠となる法的作為義務の認定は特に慎重でなければならず、あくまで例外としてその成立が明白な場合に限られなければならない(なお、被告人と正犯者甲との間に、原判示第一の売春場所の提供を業とする罪について共謀が成立するなど、被告人について甲との共同正犯を成立させるに足る事実は、本件証拠上認められず、被告人を同罪についての共同正犯者とする当初の訴因は、原審審理の過程において幇助犯の訴因に交換的に変更された。)。

これを本件についてみるに、原判決は、被告人には、自己の先行行為に基づき自己名義の前記各営業許可を甲に使用させないように作為をすることによって正犯者である同女の犯罪行為を防止すべき法的義務があるというものと解されるところ、なるほど甲は、右各営業名義を用いて名目的に料理店「よしの」を営み、実態において業としてその客室を売春の場所に提供して原判示第一の犯行に及んだのであり、客観的にみれば、被告人の先行行為が正犯者甲の犯行を容易ならしめる一事情となっていることは否定できない。しかしながら、その先行行為というのは、料理店と飲食店との各営業許可名義の貸与であって、これらの営業許可は、当該店舗を売春の場所に提供することを許可するものでないことは勿論、これを容認するものでもない。すなわち、飲食店営業の許可はもっぱら食品衛生上の見地からの規制であって、もとより店内で行われる売春行為と直接の関係はない。また風俗営業規制の目的は、新法一条が明言しているように、善良の風俗と清浄な風俗環境を保持することにあって、料理店営業を都道府県公安委員会の許可にかからしめたことが、その店舗内において売春などの善良の風俗に反する行為が行われる危険性のあることと関連しているのはいうまでもないが、その許可自体は、事後に行われることのある営業者に対する行政処分や営業所に対する警察官の立入権等と相まって、そのような行為が行われるのを防止するためのものであり(なお、新法においては、そのような目的に沿った許可基準が明示されている。四条)、本件料理店営業の許可についても、当局は、「営業所出入口、踏込及びこれらに接続する施設において客待ちをし、又はさせ、もしくは客待ちのための構造設備を設けてはならない。」等の条件を付して、その防止を実効あらしめようとし、またこれによってその防止が可能であると判断したものと認められるのであって、料理店営業許可も、当該店舗を使用してする業としての売春場所の提供などその店内における犯罪行為と直接の関係はない。また、甲は、被告人とは関係なく独自の判断に基づいて売春場所の提供を業とするに至ったのであって、被告人名義の右各営業許可がなくてもその犯行をするについて顕著な支障があったとは認められない。一方、被告人は、前記のとおり、甲が売春場所の提供を業として行うことについて一切関与しておらず、右各営業許可名義貸与の時点において、甲が「よしの」において売春場所の提供を業とする意図を有することを認識していなかっただけでなく、将来その店内においてそのような行為が行われることを予見してもいなかったのである。以上の諸事情に徴すると、本件の場合、右各営業名義の貸与という被告人の先行行為と甲の業としての売春場所の提供との間には関連が乏しく、前者を根拠として、被告人について、甲が各営業許可を使用するのを禁止し、あるいは各所管行政庁に対する許可取消請求をするなどして同女の正犯行為を防止する法律的作為義務を認めることはできないといわざるを得ない。たしかに、原判決のいうように、被告人の右各営業名義の貸与の後に施行された新法によれば、風俗営業の名義貸しが明文をもって禁止され、その違反に対して刑罰の制裁が定められている(新法一一条、四九条一項三号)けれども、右に説示した諸事情によって、甲の正犯行為と被告人の右営業許可名義の貸与との間の関連が乏しいと認められる以上、先行行為が可罰的違法性を有することを根拠に法律上の作為義務を導き出すことはできず、換言すれば、本件の場合、被告人の作為義務を、被告人の正犯者に対する関係とは別に、その公法上の義務から根拠付けようとするのは困難であって、むしろ新法も、このような名義貸しによる法益侵害の危険を防止するについては、同法所定の刑事罰を科することをもって足りると考えているものと解される。ちなみに、売春防止法は、売春場所の提供を業とする者に対し、情を知って、その業に要する資金、土地又は建物を提供した者に対し、売春場所の提供を業とする罪の幇助犯より重い法定刑を科する旨規定している(一三条一項)が、情を知らずにそれらの提供行為をした者が、後に提供にかかる資金、土地又は建物が売春場所の提供を業とする罪に使用される又はされていることを知った場合、直ちにそれらの提供者について、自己の行為の予想外の結果である被提供者の売春場所の提供を業とする罪の犯行を、提供にかかる物の使用をやめさせるなどして防止する(中止させる)法的義務まで認めるのは相当でなく、また、その義務の内容、発生時期等は非常に曖昧であって、罪刑法定主義の要請を充たし得るものでなく、刑法上の見地において到底このような法的義務を認めることはできないといわざるを得ないが、この理は、本件のように情を知らずして営業許可名義を貸与した場合にも当てはまるものと考えられる。

四  結論

以上説示したとおり、結局被告人について本件不作為による幇助犯成立に必要な法的作為義務が認められないので、被告人に対し売春防止法違反幇助罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤りがあり、破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄するが、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決することとする。

第二  自判

本件公訴事実(訴因変更後のもの)の要旨は、「被告人は、甲の依頼により、守口保健所長から飲食店「よしの」の営業許可を、大阪府公安委員会から料理店「よしの」の風俗営業許可をそれぞれ取得していたものであるが、甲の原判示第一の犯行(昭和六一年七月一五日ころから同六三年九月七日ころまでの間、「よしの」において、従業員のエミコことB外三名が不特定の客であるC外約二、三二三名を相手として売春するに際し、その情を知りながら右「よしの」の客室を右Bらに使用させ、もって売春を行う場所を提供することを業とした、というものである。)に際し、その情を知りながら、甲をして、前記日時場所において、被告人名義の右各営業許可を使用させ、もって、甲の前記犯行を容易ならしめてこれを幇助したものである。」というのであるが、検察官は、原審第七回公判で、右公訴事実には、不作為犯の主張も含んでおり、被告人には、甲の経営していた店が売春宿であることを知った後には、同人に使用させていた上記各営業許可取消を申請する等して、自己名義の営業の使用を停止させるべき条理上の作為義務があった、と釈明した。しかし、被告人が「よしの」で売春行為が行われていることを知った後、甲の右犯行を容易ならしめる何らの作為もしておらず、また被告人には正犯者である甲の犯行を防止すべき法的作為義務が認められないから、不作為に基づく幇助犯の成立の余地もないことは、先に控訴趣意に対する判断として説示したとおりであるから、結局、本件公訴事実については犯罪の証明がないといわざるを得ない。

よって、刑事訴訟法三三六条後段により被告人に対し無罪を言い渡すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 高橋通延 裁判官 正木勝彦)

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